勇崎恒也様 春の叙勲 旭日双光章を受章

勇崎先輩は、明治大学に昭和34年入学。その年からレギュラーとして活躍されました。
4年生の時には主将としてチームを牽引、同年の関東学生ホッケー春季リーグ戦、関東学生ホッケー秋季リーグ戦、全日本学生ホッケー選手権、全日本ホッケー選手権の完全優勝の偉業を達成されました。
そこには、故小林定義監督の徹底した基本練習(走力・ストップ・パス・ドリブル 等)を中心とした練習課題を先頭に立ち取り組まれ、チーム全体に影響を与えてきた成果と思われます。
国際競技では、昭和35年ローマオリンピック 昭和39年東京オリンピック 昭和43年メキシコオリンピックの3大会に渡り出場。
東京オリンピックに於いては明治大学の監督 故小林定義様が全日本の監督として指揮をとり、勇崎先輩が主将 その他のメンバーに明治大学の卒業生並び明治大学現役選手が多く選ばれ、世界を相手に7位入賞の好成績をあ
げました。当時の本校のホッケー部の力量の高さを思い窺わせます。
現役引退後は、日本ホッケー界の競技力向上のため日本ホッケー協会の強化委員に任命され、日本代表コーチ・監督に就任。アジア大会等で入賞するなど、その指導力を発揮されました。